2016年09月15日

ベルリンの壁崩壊への経緯を知る

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   "ポツダム駅前に保存されたベルリンの壁(2015年5月24日)”

 先日、テレビで「べルリンの壁崩壊」の事実を垣間見た。2015年5月に初めてベルリンの訪れ、ベルリンの壁、イースト・サイド・ギャラリーストリートを観て感動を覚えたのだが、歴史の一部分を観たに過ぎないことを知らされた。

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     ” 有名な壁画(ブルジネフ&ホウネッカーの接吻)”

 社会主義から民主主義へと移行したハンガリー、アジア騎馬民族が末裔と云われている。名前の呼び方も日本と同じ姓、名の順序らしい。そのハンガリーの一都市にオーストリアに囲まれるような位置に「シェプロン」がある。その都市で開催された「ヨーロッパピクニック」が大勢の東ドイツ人の西ドイツへの脱出の糸口になりベルリンの壁崩壊へと続く。1989年8月の出来事で古い話ではなく、現地には多くの当事者が存命して当時の動画も残されていた。
 恥ずかしいことに今頃この話を耳にして、再訪したいという思いが強くなった。歴史的な背景を少し調べて訪れれば、更に感動が増すに違いない。
posted by はらっち at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記