2021年03月05日

医者の望ましい本質

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 妻は、首のリンパ腺が腫れて痛みが酷く掛かり付け医に診察に行った。喉頭がんかもしれないと神経質になっていた。それを医者が読み取ったのかどうかは判らないが、基幹病院宛て紹介状を書いてくれた。予約がすぐに取れずに3日後に我が家から25q程離れた基幹病院を訪れた。異常なしとの診断に、がんかもしれないと疑っていた妻には朗報であった。「リンパ腺の腫れの原因は何だって」と訊くと「疲れだって」と云いう。「疲れで5日もリンパ線が腫れないだろう。」と言葉を返す。精密検査もせずに若い女医さんは診断したらしいが、医学の知識がない素人にも状況で異状は判る。この不吉な予感が現実となった。
 それから3日後、喉が腫れて息も絶え絶えの状態になり、掛かり付け医へ。コロナと疑われて翌日昼間の時間外の診察に。すると今度は基幹病院の別の診療科の紹介状をしたためた。帰宅した時は1時を過ぎていた。電話で予約を確認すると3月26日の診察になるという。怒り心頭、冷静を装うにも限界がきた。電話を切って、先日受診した診療科へ電話、事情を話すと「これから診て欲しいということですか」という。先生に
相談してみますと電話を持たされた。「どれくらいで来られますか、診察時間も終わるので出来るだけ早く来てください」と、病院の都合優先だ。3時半に基幹病院へ到着。約1時間後、診察結果を説明したいので同席して欲しいとお呼びが掛かった。何のことはない「この病院では施術が出来なので、宇都宮へ救急車でお連れします、ご主人も同乗してください」という。「あなたは5日前にどのような診断をしたのか」と大声を出すのを抑える。物事の判断をする場合、知識の豊富さと経験が左右する。人の命を預かる医術には尚更である。「あと一日遅かったら呼吸困難になりました」と抜け抜けと前回診察した若い女医はいう。
 宇都宮の病院へ搬送された時は20時を過ぎていた。それから緊急手術2時間半後に終了、大事に至らず救われた。最終23時37分の新幹線に乗って那須塩原へそれからタクシーで基幹病院に置いてある愛車を取りに行き、冷えた自宅へ戻ったのは久しぶりの午前様、愛犬が飛んで出来たのがせめてもの救い。長い1日が終わった。
posted by はらっち at 22:03| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記