2021年03月12日

タイヤのバーストかと

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  ” 3月11日の惨状 (2011年3月11日)”

 運転中の車が大きく揺れ始めた。「うっ、バーストか」と揺れる車を道端に停めたが、一向に揺れは収まらない。対向車もやはり車を停め始めた。青木ゴルフパークで練習した帰りだった。揺れが収まり「りんどう大橋」に差し掛かると、橋に大きな段差がある。何とかそれを超えて帰宅。すると、家の周りに積んである薪が全て倒れていた。家の中に入ると「大十分だった、すごい揺れでしゃがみこんでしまった」と愛犬と散歩中の惨状を妻がいう。家の中は幸いにして、CDラックが倒れてことと、ストーブが1cm程動いた程度で済んだが、後日、本棚の後ろを見ると壁に亀裂が入っていた。
 それからの十年は、地震に慣れたようで多少の揺れには動じないようになったが、先日の震度5強には、流石に飛び起きた。那須高原は、地盤が岩盤で比較的地震の揺れに強いといわれている。里地区には甚大な被害があったが、高原地区は大きな被害を聞かなかった。しかし、原子力発電所損傷の影響は大きく、それからは放射線量の言葉が日々耳にするようになった。移住組の中には、名古屋、大阪地区に疎開をしたと耳にする。確かに100q圏内になると、他人事ではないのが正直なところだった。今、エネルギーを原発再稼働で補おうとするニュースを耳にするたびに心が痛む。「災害は忘れたころにやってくる」そうならないことを願うばかりだ。
 
posted by はらっち at 20:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記