2022年08月04日

那須町の戦後復興は開拓の歴史

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       ”大同開拓碑(8月2日)”

 我が家から庁舎のある黒田原地区に行く時幾つかのルートがあるが、その一つに大同公民館を横目に雪柳街道を通る。その大同公民館の敷地内に「大同開拓碑」がある。那須町内高原地区は、戦後一般引揚者の入植地として開拓が進んだ。夕狩、中原、千振、伊藤台、大同、大日向、山梨子、那須高原等22個所723戸で黒磯地区の587戸と合わせると栃木県の43%を占めた。那須高原地区は、火山台地で自然は余りにも厳しく寒冷地ということもあり開拓は困難を極めたという。現在の酪農王国は、開拓者の苦労の証でもある。
 大同地区は、水源に乏しく毎年水不足に悩まされその対策として「江戸川温水ため池(現りんどう湖)」が完成し、水不足が解消されて開田が進んだようだ。年間500万人の観光客を迎えるリゾート地でもあるが、開拓碑を見ては当時に想いを馳せる。
posted by はらっち at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 那須情報