2015年07月24日

鹿の湯とカールスバード

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   ” 鹿の湯 (2012年7月17日)”

 那須町には、「那須七湯、那須八湯、那須十一湯」等と命名され那須温泉郷として知られ、多くの利用者が訪れる。代表される温泉は、鹿の湯を源泉とした硫黄泉と、那須連山から下った大丸温泉付近を源泉とした単純泉に代表される。
 鹿の湯の開湯は旧く、その発見は西暦630年頃、茗荷沢村(現在の那須町高久乙付近)に住む狩野瑳三郎行広が狩りの途中、射損じた白鹿を追いかけて深い谷を分け入り探し歩いたところ、温泉に浸って矢傷を癒している白鹿を発見した。この事からこの温泉地を「鹿の湯」と命名したと聞く。

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    ” カルロヴィ・ヴァリー (観光局HPより拝借)”

 この鹿の湯の伝説に瓜二つの温泉がチェコプラハの近くにある。温泉保養地として名高い「カールス・バード(ドイツ語)カルロヴィヴァリー」である。プラハに出掛けた事は有るが、この地に足を運んだ事は無い。
「カルロヴィ・ヴァリー」は、1350年にこの地を治めていたカルル1世(カール4世)が鹿狩りに出かけた際、撃ち損じた鹿が湧き出る温泉で傷口を癒しているのを見つけたのが始まりと伝えられている。
 これは、那須町の姉妹都市候補として格好の地と思っていたら、何と既に目を付けて提携を結んでいた街があった。温泉繋がりの草津町である。開湯の歴史的背景は、那須町が極めて有利であり、今日の外国人の訪日の状況を思うと、大きなマーケティング戦略になったであろうと残念に思う。
 2年ほど前にこの事を那須湯本の温泉にお詳しい長老にお話しすると、「世界に鹿の湯と開湯由来を同じにするところがあるんだね」と驚かれていたが、一拍置いて「内の鹿は、春日大明神の使いだから位が高いからね」と笑顔で話していた。「カルロヴィヴァリー」と「那須湯本鹿の湯」風景は全く異なるが、同じ生立ちの遠い地に思いを馳せている。
posted by はらっち at 10:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 那須情報
この記事へのコメント
「鹿の湯」だけ人気があっても 那須温泉街の衰退ぶりでは 姉妹都市を申し出せないと思いますが (笑)



Posted by 那須美 at 2015年07月24日 11:44
那須美さん

 良いな〜良いな〜♪ とは行きませんか(笑い)
那須温泉郷としての魅力的な姿が見えてこないのが残念ですね。
Posted by はらっち at 2015年07月24日 13:04
初めまして。 
群馬在住で草津温泉を愛し、那須に山荘を持ち那須の温泉も大好きで、那須温泉の復活を心から願っている者です。

草津温泉を愛した偉人ベルツ博士は、草津の山、空、水、そして温泉を、カルロヴィ・ヴァリと並ぶ素晴らしい温泉地であると全世界に紹介し、草津温泉の発展に尽力しました。  草津町はベルツ記念施設を建て、カルロヴィ・ヴァリと提携するなど何十年も前からベルツ博士の恩に報いる町作りをして現在に至っていると理解しています。

ご指摘あった『..既に目を付けて提携を結んでいた....』というような安易な取り組みでは無いことご理解いただければ幸いです。

Posted by g夢2 at 2015年07月25日 20:13
g夢2 さん
 初めまして。 拙いブログをご覧頂きありがとうございます。
 草津温泉が、全国温泉地ランキングでもいつも三本の指に入る名湯である 事は重々承知です。
 又、横浜在住時には何回か足を運びました。
草津町が、カルロヴィ・ヴァリーとの関わりをどの様にされているのか、草津町より 資料をお送り頂いた事がありますね。
「既に目を付けて・・・」と云う表現は他意はありません。 「目を付ける」は、広辞苑では、「特別な関心をもって見る」とあり、 その様な意味で用いていますが、文章力の無さで誤解を招いているようでしたらご容赦ください。
私の意図するところもご理解を頂けると 幸いです。  これを機会に宜しくお願い致します。
Posted by はらっち at 2015年07月25日 22:28
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