2020年05月15日

千振開拓碑に立ち寄る

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   ” 千振開拓碑(5月14日)”

 今日は、久しぶりに千振地区へ行く用事があり、開拓碑に立ち寄ってみた。千振地区に行くのは、いつもはゴルフ場なので珍しい。那須町は、全国有数の酪農地であるが、ここまで盛んになったのは、先人達の汗と涙の苦労と偉業があったと聞く。戦後、那須地区には引揚者を主に入植者が開拓に携わった。開拓地は、千振、中原、大同など22か所、入植戸数723戸(昭和30年時)だった。栃木県全体で2996戸数あったが、那須町は24.1%を占めていたことになる。開拓地名は、出身地名を付けることが多かったらしい。千振碑に刻まれている碑文をを読むと、当時の苦労が痛いほど判る。
posted by はらっち at 20:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 那須情報
この記事へのコメント
私の伯父伯母は大同開拓でした。 夏休み祖母の所に泊まりに行くのが楽しみ。2部屋しかない家の6畳間に祖母と従兄弟と私と6人で寝ました。今でも牛の臭いや煮炊きの煙が思い出されます。行く時は歩き帰りは伯父の耕運機のリヤカーに乗せられバス停まで そんな時代が私には当り前でした。
Posted by 那須美 at 2020年05月16日 10:28
那須美さん

 我々の幼い頃の思い出は、現代の若者達、幼い子達には経験できないものですね。
特に都会育ちの子達には。小学校は栃木市の隣でしたから、語り尽くせませんよ。
 それにしても那須美さんは、深い思い出が沢山有りそうで興味深いです。(笑い)
Posted by はらっち at 2020年05月16日 18:58
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