2012年04月10日

大同の開拓碑

DSC00485c.jpg
  ”大同集落センター敷地内の「開拓碑」”

 「りんどうライン」の一部分(地帯)に愛称「雪柳街道」がある。「りんどうライン」は、那須街道より山梨子交叉点を過ぎて、294号線へ抜ける広域農道である。農道と言っても舗装されて走りやすい。
「雪柳街道」は、那須街道から山梨子の交叉点間に「雪柳」を植栽してその名前が付いている。
その「りんどうライン雪柳街道」の途中に「大同地区」がある。

「那須町文化センター」「那須町役場」「芦野地区」「伊王野地区」「黒田原地区」へ出かける時は、殆どこのりんどうラインを利用するので、「大同開拓碑」を横目に通り過ぎる。

那須の開拓と言うより那須高原地区の開拓は、戦後の入植者により行われた。今年になってNHKのドキュメンタリードラマで「開拓者たち」が放映されて、多くの人がその歴史を知ることになった。
この大同地区は、那須入植者総数723戸の内、77戸だったと記されている。入植地22箇所(地域)の一つである。一戸当たりの配分面積は4.26haで耕地面積は2.8haの荒地だったらしい。水源にも乏しく土地改良も進まなかったが、その後現在のりんどう湖ファミリー牧場内の農業用ため池が完成し、開墾が進んだようだ。それらの困難を「開拓碑」は、標している。

第9回「那須の四季フォトコンテスト」で、大同地区を撮影されて入賞された女性がおられる。この大同地区を殆どご存じ無く撮影されたらしい。先日、表彰式の時にその方とお会いして、このことをお話ししたら驚いておられた。那須町には、まだまだ知らないところが多い。
posted by はらっち at 17:19| Comment(6) | TrackBack(0) | 那須情報
この記事へのコメント
こんばんは!
NHKのドキュメンタリードラマの「開拓者たち」の放映で、私も、那須の開拓の歴史に感動して、興味を持ちました。
今までには、千振・大谷のそれぞれの開拓の碑を訪ねてみました。
「大同地区」の開拓については、知らなかったので、次回、那須入りしたときには、「大同開拓碑」を探して、訪ねてみたいと思います。
それぞれの、開拓の碑から、困難に立ち向かう勇気が与えられます。
Posted by at 2012年04月13日 23:37
晴 さんへ

千振・大谷とお出掛け済みでしたか。
入植地は、22箇所有ったようですから、那須村の大半が開拓地の
ようなものだったのでしょう。
土地が痩せた荒地がかえって酪農を進めた事になったのでしょうか。
ご苦労は計り知れませんね。
Posted by はらっち at 2012年04月14日 19:45
来週末、千振の開拓碑付近は、満開の桜が見られますかね〜!?
Posted by タケ at 2012年04月14日 22:17
タケ さんへ

今日は、暖かいですね。我が家の桜の蕾は固いですから、
千振も先かと思いますが、明日にでも様子を見に行ってきます。
Posted by はらっち at 2012年04月15日 10:36
先日芦野温泉の帰りに「大同開拓碑」を見つけました。
見渡す農地の道路沿いに力強さを感じる石碑。
今まで全く気づかず通過していましたが、石碑に呼び止められました。
NHKのドラマ開拓者のシーンが蘇りました。
那須は知れば知るほど、本当に深いですね。
Posted by MAO at 2012年04月18日 09:19
MAOさん

何気なく通り過ぎていたでしょう。車を停めてまで、
と言う事でしょうか。
那須は良いと〜こ、一度〜と言わず、♪
あの近くの酪農家にこいのぼりが沢山泳いでいます。
バックは那須連山ですよ。一度、ご覧になられては。
Posted by はらっち at 2012年04月18日 19:01
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/55146246
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック