2013年09月17日

黒田原の映画館跡

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 町役場の裏側を一回りするように散策すると、郵便局、住宅街、美容院、幼稚園、小学校をなどを見る事が出来る。それでも、人影は少なく、周囲を見回しながら歩く自分が怪しまれてはいないかと気になる程である。黒田原には、美容院、美容室が多い。この界隈にも近代的な美容院があった。一説では、昔の物流拠点地の華やかし頃の夜を彩る女性達が多かった事が起因しているという。

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 黒田原にも映画館があった。今は使われていないが当時を思い起こすように建物が残っている。この映画館がいつ開場し閉館したのか判らないが、黒田原にも映画館があったのかと驚かさせる。確かにテレビの無かった時代の娯楽の王様は映画館であったように思う。地方の映画館は2本立て、3本立てで、どの映画もスクリーンにはいつも雨が降っていた。黒田原の映画館の収容人員、スクリーンの大きさは判らないが、建物の外観からすると、多くても100名規模だろうか。
私の小学生時代、栃木市の映画館で森永キャラメルの空き箱を持参すると「赤胴鈴之助」を無料で見られた事を思い出す。
この建物を見ていると歓声が聞こえてきそうだ。きっと鞍馬天狗の登場で湧き上がっているのだろう。 
posted by はらっち at 20:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 那須情報
この記事へのコメント
もの凄い台風が通り過ぎて行きましたが、はらっちさんのお宅にはおおきな影響はなかったですか?
我が家も無事に過ごせてホッとしていますが、あまりの大きな被害があちこちにあり、テレビを見ては愕然としています。

映画館! この建物が映画館だったんですか?
最初、文章と写真が一致しなくて?だったんですが、やはりこの建物が映画館だったのかなぁーと・・・
でも、以前華やかかりし場所が寂れていたり、大好きなお店が無くなっていたり・・・故郷に帰省すると時代の流れなのでしょうが寂しい思いで一杯になることが多々あります。
しみじみとしてしまいました(^_^;)
Posted by あゆっち at 2013年09月18日 11:14
昭和30年代の映画館でしょうか・・。懐かしいですね。私は、ちょうど小学校に通っていた頃ですが・・新作時代劇はよく見ましたね。と言うのも、私の親友に映画館の息子がおりまして、いつも裏口入館でタダで見させてもらった思い出があります。でも、子供ながらにも恩義は感じるほうでして・・そのかわりに我が家の厨房(家業が寿司屋)に裏口からこっそり入り、にぎり寿司を食べさせてやったことがあります。良き時代でしたね〜。映画館で、記憶が蘇りました。(^ ^;)
Posted by 小次郎パパ at 2013年09月18日 13:21
あゆっちさんへ

那須高原は、強風に慣れています。冬から春先まで、台風並みの風が
吹くんですね。移住して最初に驚いたことでした。
今回の台風は、外で避暑をしている蘭類が痛めつけられましたが
その程度で済みました。
あゆっち大邸宅は、何があってもびくともしないでしょうね。
映画館、フォーラム那須塩原が出来てから、文化的な生活が
出来ていますよ。黒田原の映画館跡の建物にも入ってみたいものです。
強力な手蔓を見つけたいですね。
故郷、淡路は大きな町、でも大阪とのアクセスが便利になって
様変わりしていますかね。
Posted by はらっち at 2013年09月18日 18:15
小次郎パパさんへ

小学生時代は、隣の町栃木市で映画が観られました。
殆どが時代劇でしたが、最初に観た洋画が「死刑台のエレベーター」
だったように記憶しています。何故、それを選んだのか「記憶にございません」。
それにしても、小次郎パパさんの実家の近くで小学生学生時代を
過ごしたかったものです。にぎり寿司が食べられたなんて。(羨ましい)
Posted by はらっち at 2013年09月18日 18:21
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